Column

青空の下、家族の食卓

今度の休みに家族みんなでバーベキューをしよう、と言い出したのは息子だった。
唐突な提案のワケは、姉ちゃんが嫁に行く前に家族水入らずの時間を過ごしたいだろうから、ということらしい。
最近はすっかり生意気になって、無愛想になって、家族に見向きもしなかった息子だが、そうか、姉ちゃんが嫁に行くのが寂しいのか。
何だ、可愛いところもあるじゃないか。
そんなことを思いながら、ニヤニヤと息子を見やれば、そっと視線をそらし、そそくさと自分の部屋に退却していく。
よほど照れくさかったらしい。
思わず妻と顔を見合わせ、吹き出した。

そうしてやってきた休日。
せっかくだから少し遠出をしよう、と車に乗り込んだ。

途端に、BGMを何にするかで娘と息子が揉めている。
このふたりはいつもそうだ。
趣味が合わないうえに、お互いに自分の意見をなかなか曲げない。
だから、子どもの頃から姉弟ゲンカは日常茶飯事だった。
と言っても他愛のない口ゲンカで、大抵の場合、娘が息子を言い負かしていた。
そもそも、我が家の女性陣に口で勝とうなんて、考えちゃいけない。
父が身をもって知った教訓だ。
覚えておくといい。
案の定、娘が勝ったようで、車内にはイマドキ流行りの軽快なJ-POPが流れ出した。

渓流沿いのキャンプ場に到着したのは、昼を少し回った頃。
さっそくバーベキューの準備にかかる。
妻と娘が贖罪の準備をする一方で、私はテントを張り、息子は手早く炭火を仕込んでいく。
お互いに慣れたもので、作業はテキパキと進む。
キャンプもバーベキューも久しぶりだけど、こういうことは身体が覚えているものだ。
まだ子どもたちが小さかった頃、家族でよくキャンプへ出かけたことを思い出す。
きっと、息子の中にもそうした思い出があったから、家族でバーベキューを、なんて言い出したのだろう。
そう思うと、心がポッとあたたかくなった気がした。

バーベキューコンロを囲んでのランチは、いつもよりずっとにぎやかだった。
最近は生活のリズムもバラバラで、家族が揃って食卓を囲むことはほとんどない。
私と妻は、私の帰宅に合わせて夕食を取る。
娘は結婚間近の恋人と外食をすることも多く、バイトに明け暮れる息子も滅多に家で食事をしない。
だから、我が家の食卓はとても静かで、聞こえてくるのはテレビの音ばかりだ。
けれど、今日は違う。
開放的なアウトドア、という環境のおかげか。
それとも、バーベキューの美味しい匂いに誘われてのことなのか。
それぞれがいつもより饒舌で、よく喋り、よく笑い、そして、よく食べた。
こんなに楽しいランチは、本当に久しぶりだった。

食後は、焚き火を囲んでゆったりと過ごす。
すると息子が、子どもの頃の話をしだした。
姉ちゃんとの口ゲンカは一度も勝てた試しがなくて、いつも悔しくて仕方なかった、と。
すると娘は、口ゲンカで勝とうなんて10年早い、と笑う。
姉ちゃんには永遠に敵わないよ、と息子は苦笑いだ。
それから私たちは、たくさんの家族の思い出話をした。
尽きることのない話がふと途切れた瞬間、息子がポツリと言った。
家族で出かけるキャンプをいつも楽しみにしていた、と。
だから、姉ちゃんが家を出る前に、もう一度キャンプがしたかったのだ、と。
最近はめっきり聞けなくなった息子の素直な本音に、私は頬が緩むのを感じながら、小さな幸せを噛みしめた。

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