Column

ゆるい生き方もいいじゃない

あの頃の私は、とても疲れていたんだと思う。
いつもヒリヒリするような緊張感の中で仕事をしていた。
誰にも負けたくない、と心の中で拳を握りしめ、女だからと見くびられないように、無駄なく、効率よく、テキパキと。
可愛げがない、なんて陰口を聞き流し、甘えず、頼らず、寄りかからず。
自分の足でしっかり立ち、自分の頭できちんと考える。
そんな働き方がストレスにならないはずがない、と今ならわかる。
いいアイデアが浮かばない。
ちょっと煮詰まった。
などと言っては、昼間から温泉に浸かってリフレッシュをする。
そんな生活を送っている今なら。

自分に厳しく、人にも厳しく。
そんなスタンスで働いていた私の環境が一変したのは、あの流行病が原因だ。

なるべく人と接触しない暮らしが推奨される中、働き方も大きく変わり、出社をしないリモートワークが当たり前になった。
クライアントとの打ち合わせや社内ミーティングもオンラインとなり、すべてがモニター越しで行われていく。
最初は自宅で仕事をすることに戸惑いもあった。
どうしても、気持ちが緩んでしまうのだ。
服装も家にいるのだからとラフなものになり、オンライン会議がなければメイクもしない。
ランチタイムをつい長く取りすぎたり、就業時間外の残業もダラダラしがちで、集中力を欠いていると感じていた。
これではいけない、と自分を叱咤し、以前のパフォーマンスを取り戻さねば、と自分を戒める。
これまでの働き方とのギャップに納得がいかず、以前のように働けない自分に、オフィスとは違ったストレスを感じていた。

結局、流行病が終息に向かっても、一度定着したリモートワークは解除されることはなく、むしろオフィスを大幅に縮小し、ほとんどの業務がリモートワークに完全移行となった。
そうした中、仲の良かった同僚が東京を離れると言い出した。
出社せず、リモートですべて完結するなら、どこに住んでいても仕事はできるから、と。
彼女は、ずっと憧れていた町にあっという間に移住していき、オフィスにいた頃よりイキイキと仕事をしている。
正直、羨ましいと思った。
そして、彼女がハツラツとしている訳が知りたい、と思った。

少し環境を変えるのはいいかもしれない。
ネットであれこれ調べ、温泉付きのホテルのリモートワークプランを利用してみることにした。
まずはお試しで1週間。
パソコンを抱えて、東京からほど近いその場所に出かけていった。

部屋の窓から見える風景が変わるだけで、何だか肩の力が抜けてリラックスできた。
パソコンに向かっていても、ふと視線を上げれば、緑の木々や広い空が飛び込んできて、ホッとひと息つけた。
考えてみれば、私はずっと息を詰めるようにして仕事をしてきた気がする。
知らず知らずのうちに自分を追い詰めていたのかもしれない。
それに気づいたら、私の中で何かがくるりと切り替わった。
あぁ、そうか。
もっと仕事を楽しめばいいんだ。

お試しを終えた私は、すぐにもっと長期で滞在できるホテルを探した。
移住する、というところまではまだ思いきれないけれど、肩の力を抜いて仕事に取り組める環境がほしい、と思った。
これまでずっと、キリキリと働いてきた私。
けれど、ゆるりと仕事を楽しむことを覚えた今は、もう以前の私には戻れない。
それでもいい。
いや、それがいい、と思っている。

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