コーヒーにはちょっとこだわっている。
若い頃は、喫茶店のマスターになりたい、と思っていたこともあるくらいだ。
誰にも言ったことはないけれど。
コーヒー豆は少し細かく挽く。
そうすると甘みが出る。
ただし、細かくしすぎると尖った味になることがあるので要注意。
すっきりとクリアな味わいが好みなら、豆は粗めに挽くこと。
こちらも粗すぎると酸味が強くて味わいが浅くなる。
細かすぎても粗すぎても、コーヒー豆本来の美味しさは引き出せない。
ドリッパーに紙フィルターをセットしたら、挽いたコーヒーを入れて少しお湯を含ませ蒸らす。
この時、ドリッパーをぐるぐるっと回してコーヒー粉とお湯が馴染むように混ぜるとなおよし。
コーヒー粉にむらなくお湯が浸透して、均一に蒸らすことができるのだ。
このひと手間で、美味しさは格段に変わる。
30秒ほど蒸らしたら、注ぎ口がスリムな専用ポットでゆっくりとお湯を注いでゆく。
粉状のコーヒーの16倍ほどの量を、2分かけて静かに注ぎ、後はコーヒーが落ちきるのを待てばいい。
息子にはよく、凝り性だね、と呆れられる。
彼はインスタントコーヒーで十分、というタイプで、親父のこだわりをちっとも理解してくれない。
息子に言わせれば、豆の種類とか、淹れ方とかよりも、飲む場所で味わいが変わるらしい。
自然の中で飲むコーヒーは、たとえインスタントでも格別なのだとか。
ならば、その格別とやらを体験させてもらおうかと、週末、息子のひとりキャンプに無理やり参加することにした。
最近、ひとりキャンプにハマっている息子は、手際よくテントを張っていく。
素人の手を出す余地はなさそうだ。
すべてを息子に任せ、ブラブラと周囲を歩いてみることにした。
風に混じって香る緑の匂い。
遮るものがない空は大きく青く、あぁ、地球は丸かったんだなぁと実感する広々とした風景。
毎日、小さな世界で生きていることを改めて知る。
なんて、柄にもないことを考えた。
のんびりとあちこち歩き回ってからテントまで戻れば、少し早い夕飯の用意ができていた。
夜になると冷えるから、と袋麺をアレンジしたトマトラーメン。
息子の器用さに感心すれば、このくらいはキャンプ飯としては初級だ、とそっけない。
イタリアンの香りがするラーメンをあっという間に食べ終わり、いよいよ本日のメインイベント、食後のコーヒータイムだ。
息子はインスタントの粉をマグカップに入れ、無造作に湯を注いでぐるぐるとかき回す。
それで完成。
あまりにもお手軽だが、手渡されたカップから立ち上がる香りは、案外悪くなかった。
ひと口飲んでみる。
いつものコーヒーのような深みは感じない。
けれど、美味いと素直に思った。
隣で息子がニヤリと笑う。
曰く、星空を眺めながら飲むと、もっと美味いらしい。
息子のドヤ顔が何だか悔しい。
自然の中で飲むコーヒーは、たしかにインスタントでも美味かった。
ならば、いつもの手順で淹れたらもっと美味しくなるはず。
次のキャンプも息子について行って、今度は本格派のコーヒーの良さを教えてやろう。
そんなことを考えながら、星空の下、2杯目のコーヒーを楽しんだ。